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2006-11-12

いじめ問題は直近の大人の対応こそ重要

たまには時事問題でも。

最近、巷でいじめ問題の議論が盛んですが、「いじめをなくすにはどうしたら良いか?」的な議論が多いので、ちょっと違う視点で。

子供たちのことは、原則 子供たちで

まずは深刻度の低いレベルのいじめについて。

僕は、いじめは子供社会の範疇を逸脱しない限りは、子供たち自身で対処・完結させるべきだと思っています。

あまり簡単にまわりの大人が手を出してしまうと、子供たちの社会経験の場を奪ってしまうことになり、他人の痛みが実感としてわからない子や、精神的に辛い状況に追い込まれた時に自力で対処できない子が、どんどん増えていってしまいます。結果、そのまま成長して、社会経験が希薄でコミュニケーション力や、周囲への配慮、危機管理能力に欠ける大人が、ますます増えてくるようになるでしょう。企業勤めをされている方には実感があるかと思いますが、これは、今まさに急速に進行しつつある現象です。社会というと、一般には就職後の大人社会を連想する人が多いかと思いますが、学校という場や子供たちの仲良しグループなんかも、ひとつの社会です。この小社会の中でリアルに他人と触れあうことで、大人の説教からだけでは学び得ない、色々なことを実体験をもって学べるはずです。

子供社会を逸脱した行為には大人社会のルールで厳しく対処

ただし(これはいじめに限りませんが)、子供の行為が、子供社会の範疇を逸脱したり、度を過ぎるようであれば、その時は大人の出番になります。たとえば、親の財布からお金を抜き取ったり|抜き取らせたり、万引きをしたり|させたりするというのは、もはや子供社会の範疇を逸脱し、大人社会の領域に足を踏み込んでしまっています。このような場合は、「大人社会のルールで」厳しく子供に対応する必要があるでしょう。もちろん、子供社会の中だけでは到底 手に負えないようなケースもしかり。

あらゆる社会はルールを守ってこそ機能する

要は、どんな社会でも、その社会固有のルールがあって、そのルールは絶対に破ってはならないということを身をもって教えることが重要なんだと思います。ひとたび、そのルールが破られるようになると、その社会は無法地帯となって誰も制御できなくなります

スポーツやゲームがそうですよね。ゴールキーパー以外の選手が、足ではなく手でボールを運ぶようになったら、その時点でサッカーのゲームとして成立しなくなってしまいます。

人間社会に法律があるように、スポーツにもルールがあり、またそれを市民、もしくは選手に守らせるために、警察や審判がいる...というわけです。みんながルールを守るから社会(あるいはゲームという名の小社会)として機能するし、守らない者が出てくれば社会(ゲーム)が崩壊する。だから非常時にはルールの番人が強権を発動する。そこがポイントなんじゃないかと僕は思います。

子供にとって、大人の言うことほど信用できないものはない

次に深刻ないじめのケース。

実は僕は、高校の時に一度、ヤバそうな 2人組の男に夜 絡まれたことがあります。今でもそうかもしれませんが、学校の先生や両親といった、周りの大人からは、こういう状況に陥ったら「とにかく近くの家に駆け込め!」と教えられていました。でも、この教えがすごく虚しいことは、一度でも似たような境遇を経験している方ならおわかりでしょう。どこの誰だかも分からない人間が、いきなり必死の形相で「助けてください!!」と大声を張り上げながらドアを強く叩いたところで、大半の人は、かえって不審(もしくは不安)がって扉を開けないでしょうから。逃げる側からすれば、かえって絡んでくる連中を刺激しかねず、リスクの高い、危険な賭けになってしまいます。

今の日本人って、基本的に「義を見てせざるは勇無きなり」よりも、「君子危うきに近寄らず」を基準にして行動する人が多いですよね。しかも、自分が行動するときには後者の立場でありながら、他人には前者のスタンスを求めることが多いので、子供の目からしてみれば、一層 不信感が高まるわけです。

実は大人も子供を追いこんでいる要因

いじめ問題もそう。「まわりの大人に相談して」なんて某文科相の話なんて、本当に追いつめられた子には絶対 届かないと思います。相談して状況が変わるくらいなら、追いつめられるわけがありません。

本当に追いつめられた子なら、先生に相談しても大した手も打ってくれず、学校を休もうとしても親の理解も得られない...、なまじ親や担任の先生に中途半端な手を打たれれば、かえっていじめっ子から、より陰湿な仕返しに遭うようになる(いじめっ子の方もバカじゃないので、周りの大人にバレないような手段は当然 講じるわけです)...、多くはそんな八方塞がりな状況にあるはずです。

そんなことすら想像できないような大人の綺麗事が、子供たちの大人への不信感をより増大させるんです。文科相が何かを呼びかけるなら、むしろ、自殺しようとしている子供の方ではなく、学校の先生や何より保護者に対してでしょう。「責任の所在」だの何だのと、いつだって大人社会の声は、子供社会からは隔絶した(少なくとも子供たちにとっては)非現実的な世界の話ばかりなのを自覚するところから始めるべきです。伊吹文科相が謝罪しようが、教育委員会が解体されようが、子供にしてみれば、自分の立場や行動を制約する直近の大人、つまり両親や担任の先生の柔軟な理解がなくては、一文の足しにもなりません。

変えるべきは制度ではなく、もっと子供社会から直接見える範囲内の大人です。

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