« 動作確認環境 ― IE5.5以前のバージョン | トップページ | 18世紀流?即興装飾の入ったトルコ行進曲 »

2005-08-06

明徳義塾の出場辞退に思うこと

こちらは昨日の分です。最近、疲れがひどくて、それが多少文章に出ているかもしれませんが、その時はご容赦くださいませ。(^ ^;ゞ

ちょっと反応がおそくなりましたが、明徳義塾、部員の喫煙問題・部内暴力問題で出場辞退だそうですね。個人的には非常に残念です。ここの馬淵監督、星陵の松井秀喜(現 NY Yankees)の全打席敬遠以来、何かと問題視されることが多かった人ですが、指揮官としての腕は確かだったので、選手個々の能力が上の学校と対戦しても五分以上の成績をおさめることができてましたから。

ここで甲子園に特別な思い入れを持って応援している人に言いたいことが2点。(といっても知っている人には「今さら何を…」というような内容ですけど。)

まず甲子園レベルともなると高校野球は「さわやか」とか「フェアプレイ」とかいうきれい事から大きくかけ離れてしまっていること。よほどしたたかな集団でもない限り、全国大会なんていけないということです。可愛げのある連中なんて、大抵は地区予選で敗退してしまっているはずです。走者が走塁時に体を張って打球を内野手から隠すブラインドや、打者が嫌がるタイミングでわざと塁上の走者に牽制球を入れて打者や走者をじらす程度のことは、甲子園レベルではむしろ基本技術です。そういう一見汚いと思われるような小さな小細工の積み重ねが「奇跡」だの「ドラマ」だのを演出していることが多いんです。これはどの学校でもそう。特に明徳の監督はその辺りをよく押さえて選手を指導・指揮し、明徳義塾を全国有数の強豪校に育て上げた人です。そのことを知った上での好き嫌いについては、僕は何もいうつもりはありませんけど、甲子園というレベルでは、きれい事やフェアプレイだけで「奇跡」や「ドラマ」なんて起こらない世界だということだけは心のどこかに引っ掛けておいて欲しいと思います。「汚い」のではなく、それは必要な「技術」や「工夫」なのだということです。

それと甲子園球児は、甲子園に出場するために、普通の高校生が当たり前にしている さまざまな娯楽や行事を大幅に犠牲にしてグラウンドに立ってます。最近、昔からの高校野球ファンの中に、自分の中で勝手に作り上げた理想像にもとづいて、高校球児が眉毛の手入れをしているくらいで目くじらを立ててる人が増えてるようですが、彼らにしてみれば、空調の効いた部屋でのんびりビールをすすりながらテレビ観戦している人にそんなことを言われたくはないはず。(と偉そうなことをいいつつ、実は僕も本音をいえば眉の手入れに好感は持っていないのですけど。)だからといって僕は喫煙を良しとするつもりは毛頭ありませんが、少なくとも人間として、あるいは青少年として超えてはいけない一線を越えていない限りは、やはりもう少し大らかな目で彼らを見てあげるべきだと思います。

いい忘れていましたが、以上に書いたことは、喫煙問題や暴力問題を秘匿していたこととはまったく別問題です。まして今回は金銭も絡んでいるようですし、暴力問題の方は被害者が転校まで考えていたこと、高野連に投書まであったことなどもあって、特に無関係だった選手たちには気の毒ですが、喫煙した選手だけの問題にとどまらないようなので出場辞退はやむをえないでしょうね。

|

« 動作確認環境 ― IE5.5以前のバージョン | トップページ | 18世紀流?即興装飾の入ったトルコ行進曲 »

[生活]娯楽 / スポーツ / 野球」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/15394/139007

この記事へのトラックバック一覧です: 明徳義塾の出場辞退に思うこと:

« 動作確認環境 ― IE5.5以前のバージョン | トップページ | 18世紀流?即興装飾の入ったトルコ行進曲 »