« Blog 開設のごあいさつ | トップページ | "web creators" 8月号 »

2005-07-13

講談社『中国の歴史(殷周 春秋戦国)』


講談社『中国の歴史 ― 都市国家から中華へ(殷周春秋戦国)』表紙

一般の書店などでも平積みになっていることがあるのでご存じの方も多いかと思いますが、最近、講談社が『中国の歴史』というシリーズの刊行を開始しました。装丁も上品、質感もなかなか、図版も豊富でボリュームに対する価格もまあ良心的(2,500円ちょっと)、本の見出しも「中国の歴史」というメインタイトルよりも各巻の主題を大見出しとする(たとえば「殷周春秋戦国」の巻なら「都市国家から中華へ」としている)など、初学者が取っつきやすいよう、それなりの工夫が凝らされています。

こういう時、本の善し悪しは完全に内容で決まります。特に一般向けの概説書の場合、

  1. 読みやすさ( ≒ 面白さ)
  2. わかりやすさ( ≒ 平易さ)
  3. 内容の信頼性
  4. 情報の詳しさ(網羅性・発展性)
  5. 情報の鮮度
といったあたりが重要な要素になってきます。当然でしょう。概説書なんですから。

ただ、以上のうちの5)だけは必ずしも概説書に必要な要素とはいえないかもしれません。最近、評価の定まっていない最新の出土資料を簡単に概説書の中に盛りこむ傾向が顕著に見られますが、これははっきり言って見切り発車というもので、僕はあまり好きではありません。予備知識のない読者に、最新のものと重要なものとの間の価値判断のウェイトを見誤らせてしまうおそれがあるからです。とはいえ、それも程度の問題で、しかるべき評価が定まっている限りは、なるべく新しい学会の定説で記述された方が良いのはいうまでもありません。いまだに30年前の定説で書かれている中学・高校の歴史の教科書のような概説書なんて言語道断。

最近、ある知人に、このシリーズのうちの一冊が某所(後ほど紹介するアマゾンのレビュー)で叩かれていて、しかもそれに対する反論が著者の Web サイトに上がっているとの話を聞かされました。その叩かれている巻というのが『都市国家から中華へ(殷周 春秋戦国)』。早速、アマゾンのレビューを確認してみると、特に上記の2)・3)・4)の要素がかなり酷評されているようです。以下にその批評の幾つかを引用しておきます。

「時代のイメージをガラッと変えてしまうような新鮮な見方が数多く提示されている一方、この時代の主な出来事や、それらの後世への影響など、いわゆる概説書チックな内容については極めて手薄と言わざるを得ません」

「著者は本書の中で、自分の書くものは従来の通説と異なるので分かりにくくなる旨を述べておられます。そうした事情もあるのでしょうが、本書はハッキリ言って難解です。著者独特の用語法や文章の論理構成にも原因があるように感じる」(以上、佳少爺氏)

「筆者は中国史の大家ということだが、本書のほとんど全体に上記のような低レベルの誤引・誤訳が散見し、正直なところ、読むのが苦痛であった。」(ryo_i_氏)

このうち、「漢文を知らずに中国は語れない」として幾つかの誤訳例を提示している ryo_i_氏のレビューに対する反論が、著者の Web サイトに掲載されていて、Web 上での一民間人のレビューに対する研究者本人のリアクションという意味で、めずらしい事例なのでご紹介しておきましょう。(こういった研究者と民間のファンの間に接点を持つこと自体は僕はむしろ大賛成です。)

たとえば 本書72ページに「紂はすでに倒れた兵をもって戦い、武王と開戦した」とあるが、『史記』の原文「紂師皆倒兵以戦以開武王」は「紂の軍はみな兵器を逆にむけて戦い、武王のために(道を)開いた」という意味である。A:紂王の兵が総崩れになった、という部分(「紂兵、皆、崩れて紂に畔 <反>く」)でさ。なんで崩れたんだろう、と思ったのね。主力が崩れて大混乱になり、反乱者が出る、ということかな、と思ってさ。そうすると前の方も「紂王の軍はみな倒兵(兵隊)であってそれで戦ったのだ。そして武王に「開いた」のだ」と読んでおけばいいかなと思った。 B:ふんふん。 A:そしたら、編集から、「兵は武器のことだと訳している本があります」とコメントをくれたのね。そこで、あらためて考えなおして、一度は「武器」に変更したんだけどさ。そして「開く」もそのとき編集からの訳にしたんだけど、そうすると、やっぱり「崩れた」が気になってね。おちつかないんだよね。先に降伏しちゃうような儀式にするとね。それで、もとにもどしたんだよ。 B:「武器」の方がいい、というご意見の人も出てくるでしょうね。 A:そうだろうね。まあ、『史記』を引用して述べる主旨からすると、どうでもいい、という人も出てくるかもしれない(というより、どうでもよくはないが、話題は一つそれてしまうので、私の文章について言えば前後の文脈をたどる上では関わってこない)けど、少々悩んだ部分なんだよね。 B:で、どちらがいいと、今は思うんですか。 A:「兵(武器)を倒して」という戦い方が、いまひとつイメージがわかないんだよね。「崩れる」に対応する戦い方だけどね。武王の徳になびくんだったら、最初から戦うそぶりも見せなかっただろうし。かといって、「倒兵(兵隊)」という読みも、決して感心しないんんだよね。 B:で、どちらに。 A:ペンディングだね。 B:なんかずるいな。この問題は始めてですか。関わったのは。 A:いや、集英社の漫画「世界の歴史」というのがあるでしょ。あの監修をひきうけたとき、同じ問題が話題になったんだよね。あの企画では、編集グループがある程度作ってきたのを修正するという役回りだったんだけど、ラフ画が出てきたら、矛を下にどうむけましょう、という質問といっしょになってた。これ、周と殷とで共通した儀式でもないと、わからないよね。殷のほうでわかるような儀式なら、紂王にもたちどころにわかってしまうだろうし、わからないようにやったのでは、自殺行為だし。京劇かなんかの場面なら、観衆相手にひとしばい、ということになるかもしれないけどね。で、そもそも『逸周書』から壮絶な戦いであったことがわかっているから、そちらを念頭において画を手直ししてもらった、ということだったと思う。記憶でもの言ってるんだけど。 B:なんかおもしろそうな話題ですね。どうして、それをこんどの本の中で紹介されなかったんですか。 A:私の本てさ、いろいろ気をつかって書くものだから、「あちこち説明しようとしてかえってわかりにくい」なんて言われるじゃない。上記の話も、話自体はおもしろいんだけど、問題の部分に挿入したら、前後がわかりにくくなると思うよ。そう判断して話題にしなかったんだけどね、当初は。それにさ、後で訳をどうしようか考え直した時点になるとさ、もう編集がだいぶ進んでいたからね。この部分が私の文章の流れに関わるならまだしも、関わらなかったから、無理を言ってご迷惑かけちゃいけないと思ってね。ちらちらしたんだよね。『史記』の中に、画像石にあるような物語りの場面(観衆相手に一芝居)をつくるかどうか。その物語りとして「倒兵」や「開く」がなじむかどうか。----やっぱりペンディング。証拠ないし。
189ページに「太公が注視すると、」とあるが、『史記』の原文は「太公往視」で「太公が往って視ると」である。仮に「往」を「注」と見間違えたとしても、こんな有名な文句を間違えるプロがいるとは、俄には信じられない。(言及なし)
同じページに「龍を増やして食することができなかった。」とあるが、原文「不能食」はいうまでもなく「飼育することができなかった」である。「食」を「くらはす」と読むのはセンター試験レベルの漢文だ。『史記』夏本紀の中に帝孔甲の時の話題として、天が雌雄つがいの神龍をつかわした、という話題があるんだよね。「帝孔甲、(神龍を)食するあたはず」という部分の食は日本語で「し」または「じ」(漢字で表現すると「寺」)という発音だと注釈にあるんだよね。これは「養う」という意味だと述べているわけなんだけどね。だから、この注釈にしたがえば、「養うことができなかった」と訳せばいいわけだ。 B:そうなさらなかったんですか。 A:そうなんだよね。というのもさ、その後に雌雄つがいのうちのメスが死んで、それを夏后氏(帝孔甲)に食べさせた(「食」せしむ)とあるからなんだよね。これがあるから、注釈もわざわざ「食」は「食べる」のではなく「養う」だよ、と説明しているわけだ。これ、「食べる」と最初から訳したらどうかな、と思ってさ、訳してみたら、結構落ち着くんだよね。つまり、「孔甲は、養い手たる劉累がみつかるまでは、つがいから繁殖させて食することができなかった」と訳せば訳せるな、と思ったんだ。雌雄つがい、というのがミソだよね。繁殖が前提の話だから。だから、メスが死んだのは計算外で、これで繁殖させることができなくなった。そこで、しかたなく死体の肉を食べさせた。という話になる。 B:話はその方がおもしろそうですね。ですけど、さしたる説明なしにそういう訳にすると、編集から文句が出たでしょう。 A:そう。「養う」と訳している本があります、という指摘がきてね。そのときも、あらためて、(注釈前提の「誤解」も引き起こされるだろうから。従来の訳が決定的に悪いということではないし、それに私の文章の流れを考えた場合、どっちでもよかったということもあって)やっぱり「養う」にしておこうかな、と思ったんだ。だけど、先に考えたことが気になってね。読者の反応もさぐってみようかと思って、これもそのままにしたんだ。訳にすこし工夫をほどこしてね。 B:原文と照らし合わせると、その工夫もわかりますけどね。編集者なかせですね。せっかくいろいろ調べてきてくださってるのに。 A:いや、感謝感激であることは伝えておいたよ。本を良くしようという意気込みをしみじみ感じてね。ただ、それはそれ、これはこれだから。それとね。今回の本で、夏・殷・周の理想化のことを述べたでしょ。理想的な王朝だったという前提でいうとね、「死体の肉を食べさせた」(なんらかの原因で死んでしまったものの肉を食べさせた。猟や養殖などで生きのいいのを殺して、ということではなく)というのは、よくない話になるよね。これに限らず、この説話自体が理想化にはなじまない、ということではあるんだけど。
67ページの『逸周書』からの引用(翻訳)に至っては、そもそも原文に句読さえ切れていないことが明白なデタラメさ加減。B:ほかには何か。たとえば『逸周書』なんかはどうですか。 A:これは、ほら、他に参照すべき適当な訳が見つからないでしょ。だから、ここをわかりやすくしてくれ、というご意見がけっこうあったね。 B:でも、ずいぶんとわかりにくいままですね。 A:青銅器銘文を訳すのが結構むずかしいでしょ。あれと同じでさ。苦労したあとがよくわかるでしょ。これも紹介の主旨からすると、全文がこうなってますよ、ということと、問題にする箇所がこういう具合に書かれてますよ、ということを伝えたいわけだからね。それを最優先にして、ご寛恕ねがったということだけどね。誰か対案を出してくれないかね。きっと、私と違って、わかりやすい良い訳ができると思うよ。名前に関するところは想像をたくましくして説明するという方法もあるけどね。紹介の主旨がかえってぼやけそうだから、そしていいかげんさを差し挟むのもどうかなと思ってやめといたんだけどね、私は。そのあたり、いいかげんでなく良い訳ができる人、だれかいないかね。

ちなみに A が著者で、B は架空の質問者ということのようです。『春秋と左傳』の余話に

以下では、問答によって話を展開する。この方法は、『公羊伝』や『左伝』がとっているやり方である。すでに本書を読み進めてこられた読者は、この方法がけっこう効果をあげることがおわかりかと思う。

とある形をそのまま継承されているものと思います。(個人的には『公羊伝』が原則一問即一答で歯切れがよく、かつ分かりやすいように見えるのとは、まったく対照的な印象があるのですが..。)

かりそめにも東大の教授に対していうことではないのかもしれませんが、著者がイメージが湧かないとされている「兵(武器)を倒して」の「倒して」は、常識的に考えて「倒置」の「倒」で「ひっくりかえす」という意味でしょう。つまり武器の天地を逆にして矛先を地面に着け(て進路を開い)たということで、筆者がいわれるほど理解不能な読みでも行為でもないように少なくとも僕には思われます。何を「開く」かについては、たとえば『史記』南越列伝や『漢書』南粤伝にも「其の後、越 直ちに道を開きて食を給せしむ(其後越直開道給食)」という事例があるように、「道を開いた」という従来説でも特に問題ないかと。

「しかたなく死体の肉を食べさせた」方は論外。「食」は「飼」(シ)の省文(略体)で「やしなフ」。少なくとも僕には、ここは著者が『逸周書』の項目で自戒している「想像をたくましく」した説明をされているようにしか見えません。まして「読者の反応もさぐってみようかと思って、そのままにした」のは概説書を執筆する有識者としては、およそ考えられない不見識な姿勢であると言わざるを得ません。ryo_i_氏が「原典資料をマトモに読んでいない者が唱える説を信じるほど、私はお人好しではない」といわれるのももっともな話で、伝道者としての責任の重さをもっとご高配いただきたいと願ってやみません。

|

« Blog 開設のごあいさつ | トップページ | "web creators" 8月号 »

[書籍]中国史・中国古典」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/15394/138986

この記事へのトラックバック一覧です: 講談社『中国の歴史(殷周 春秋戦国)』:

« Blog 開設のごあいさつ | トップページ | "web creators" 8月号 »